中山道沿いには家があり、中山道をはさんで一方を上枝と言い、
他方をを下枝と言う集落があった。
まこの家は下枝に属していた。
まこの家の横の道路には、まこの家から隣の集落までの間家がなく、
両側は水田であった。
この両側が水田の道で、まこの記憶にある一番古い出来事が起こった。
それは、米軍の航空機による機銃掃射である。
両側が水田で逃げ場のない人たちを、まこの家に避難させたのである。
この出来事が一番古い記憶である。
まこの生年月日から考えて3歳のころの記憶である。
三つ子の魂百までと言われるように、3歳頃の出来事は断片的ではある
が記憶として残るものである。
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